現代の妊活からみる“最適化”しすぎるAI社会での人間らしさ

目次

効率化社会と妊活

便利になった社会と不器用になった心

言うまでもなく、我々の生活は便利になった。
会議の議事録は自動で記録されるし、
献立に困ったら今度は献立を選ぶのに困るほど、レシピが提供される。
それどころか睡眠、心拍、食事など無意識的な行動まで、もはや管理可能である。
一昔前から考えると、理解し難いほど技術は進歩した。

妊活もまたその例にもれず、管理対象だ。
それは数学や医学、時に工学を用い、科学的に適切な手順で行われる。
これらの医学的知見や適切な医療へのアクセスはとても大切だ。

不妊はWHOでも疾患として位置づけられており、
世界では成人のおよそ6人に1人が生涯のどこかで不妊を経験すると報告されている。
だからこそ、妊活を軽く扱うべきではない。
そこに子を望む切実な思いがあることも知っている。

ただ一方で、このような気がしないだろうか。
スケジュールを管理したり、体内の状況を調べたり、極めて人間らしいはずの妊活が、
時に業務作業のような冷たさを伴っている。
そしてそれが当たり前となった時、私たちは大切な何かを失い始めるのではないだろうか。

ROMANsアート「自分で考える」

神秘と化学の妊娠

妊娠・出産は個人的な出来事ではなかった。

歴史的に見れば、妊娠と出産は今よりも個人的ではなかった

家族や共同体の未来、血縁の継承までを含み、それによって全体の運命が左右される重要な出来事だった。
農家であれば将来の働き手が必要であったし、商売人にも跡取りが求められた。
今みたいに老人ホームのようなものはないし、働けなくなれば餓死まっしぐらだ。
そのうえ、当時の人々は当然、妊娠や出産をコントロールできない。

だからそれは自然への畏怖と動揺、神話や信仰と結びつき様々な文脈で語られた。

現代人はこの手の話を聞くと、すぐに「非合理」と言いたくなるだろう。
たしかに、昔は科学的ではない説明も多かった。

しかし一つここで重要なのは、むかし『共同体の物語』で理解されていたものが、
今は『個人的な科学』で操作されているという事実である。

人類は科学によって多くの望みが叶えられた。
が、その分心の繋がりがどこか置き去りにされていないだろうか。

ROMANsアート「洗脳社会」

妊活をはじめ、論理が感情を救うわけではない

苦しさはどこからくる?

妊活が苦しくなる理由はひとつではないだろう。
身体的な負担もあるし、経済的な負担もあるし、
年齢の焦り、周囲からの無神経な言葉、仕事との両立、期待と落胆の繰り返しで疲れたりもする。

ただその苦しさの根底にあるものは、
あらゆることが“正しく進めるべき工程”のように感じられてしまうこと
ではないだろうか。

生活習慣を整え、
必要な検査を受け、
情報を集め、
パートナーと調整し、
適切な医療を受ける。

これらはどれも大事で、妊娠という目的を達するには正しく、最適なのかもしれない。
けれど、それらが増えていくほど、二人の繋がりがまるで業務のように見えてくることもあるのではないだろうか。

本来なら、妊娠や出産に向かう時間は、非常に親密で繊細な、
言葉にならない気持ちが行き交う時間でもあるはずだが、
そこに「計画」「実施」「結果確認」という論理が入ると、
心が置き去りにされてしまう。

現代の妊活に必要なのは正しい情報や適切な医療だけではなく、その過程で互いに何を感じているかと向き合うことなのではないだろうか。

ROMANsアート「ロマンチックなひととき」

効率化と人間関係

心は効率的に動かせない

私は効率化そのものを否定したいわけではない。
情報が届きやすくなったし、医療技術の進歩で多くの命が救われ、必要な支援へアクセスもしやすくなった。
それらは間違いなく重要だ。

問題は、効率化が私生活、ひいては人間の関係性にまで同じ調子で入り込んでくることだ。

効率化は、タスク処理には向いている。
手順の整理、時間配分、通院の調整、情報の比較。
こうしたことには力を発揮する。

でも、効率化は必ずしも、
「相手が何に傷ついているのか」
「励ましがほしいのか、そっとしておいてほしいのか」
「同じ出来事を相手がどう受け取っているのか」
を理解するのに向いていない。

沈黙が必要になる場合もあるし、
答えを急がない誠実さも重要である。

「早く」「正確に」「無駄なく」と言うが、
人が人と一緒に何かを乗り越えるときには、
少し立ち止まり、遠回りもする。
説明できない気持ちを、すぐ結論にはしない。

妊活において大事なのは、すべてを自然に任せればよい、という単純な話ではない。
知識も医療も必要である。
ただ、そのうえでなお、二人のあいだにある“人間らしい感情”とも向き合う必要もある。
感情は寄り添うことでしか救えないのだ。

ROMANsアート「二人の旅路」

まとめ:妊活で人間らしさを失わないために


妊娠・出産は、かつて家族、社会関係、共同体の大きな出来事として受け止められてきた。
現代では個人が望む想いのもと進められる。
一方は物語の中の文脈で、一方は科学的な論理でそれらを捉えている。
この二つのバランスは、妊活のみならずAI社会において重要なことではないだろうか。

産業革命以降、我々は機械のように働いてきた。
しかし、今人間よりも優秀な機械としてAIが現れた。
機械であることに価値を与えられ、
それがアイデンティティの一部となっていた人々は、
これから自分の人間らしさやその価値、ひいては何を感じ、
何を生み出すのかという問いに向き合わざるを得なくなるだろう。

そこで現れるのが、宗教や芸術・物語であると考えている。
人間は機械と動物の間で揺れ動いている存在であり、
これまでその葛藤を描くことや共感することで昇華してきた。

そしてそれこそが人間にのみ与えられた能力だと思う。

本記事でも度々登場したROMANsアートはまさにそういったストーリーを持ったアートである。

芸術や物語から心を理解し、寄り添うことで我々は効率化に侵食されかけた人間らしさを少し取り戻せるのではないだろうか。

ぜひROMANsアートをご覧いただきたい。

  1.        

MLBコラボサインボール

目次